5.誤用に注意を要するデータ
 (1)フィンランド症候群の真偽(文献49)
 「禁煙などの生活習慣指導を行うとかえってストレスとなって死亡が増えることがフィンランドでの介入試験で明らかにされ、“フィンランド症候群”と呼ばれている」と禁煙や生活習慣指導に異を唱え、誤用されていることがある。しかし、フィンランド症候群という疾患は存在しない。


 当該研究は Helsinki Businessmen Study(文献50〜52) と呼ばれ、1960年代にヘルシンキの産業保健研究所の健診を受けた1919〜34年生まれの実業家3,490人のうち、循環器疾患の危険因子の評価が可能であった3,313人が研究開始時(1974年)に次の6群に分けられた。
(1)介入群(612人)
(2)対照群(610人)(循環器疾患の高危険群であるが健康である人の無作為割り付け)、
(3)循環器疾患の低危険群(593人)(低リスクなので介入の必要性がないと判断された)、
(4)除外群(563人)(すでに循環器疾患の症状があるなどの理由による除外。これは介入群・対照群より当然ハイリスク)、
(5)協力拒否・無回答群(867人)(介入群・対照群と同じ基準で選ばれたが、研究へ参加しなかった人。若干、介入群・対照群よりリスクが高い傾向)、
(6)研究開始時までに死亡した人(68人)

 介入群に対しては、5年間(1974〜79)の介入期間中4ヵ月ごとの受診時に、食事、運動、飲酒、喫煙に関して保健指導を行い、血圧と血清脂質値が目標値に達しなかった人に対しては降圧剤および脂質降下剤が投与された。その結果介入によって、肥満度、血圧、総コレステロール値、中性脂肪値が有意に改善したにもかかわらず、介入群で、心疾患死、外因死、総死亡が有意に多かったので、その後1992年までの長期追跡調査が行われた。総死亡率は高い方から除外群、拒否群、介入群、対照群、低危険群の順であり、なぜ介入群と対照群が逆転しているかが疑問の焦点である。生活習慣指導の効果については、介入群・対照群間の喫煙量や飲酒量にいずれの時点でも有意差はなく、両群ともに減少していた。異なっている点は介入終了時点で降圧剤と脂質降下剤の投与を受けた者の割合が介入群ではそれぞれ32%と37%、対照群では15%と0%であったことであり、血液検査などの改善は主として薬物治療によるものと考えられている。低危険群の死亡率がもっとも低いことや、年齢、血圧、コレステロール値、喫煙がいずれも有意に総死亡リスクを増加させていることなどから、これらの危険因子の意義はゆるがないとされている。
 本研究のデザインが生活指導と薬物治療を組み合わせた複雑なものであり、薬物の副作用、介入群でHDLコレステロールが低値であったことの影響、危険因子を急に変化させようとしたこと、対照群での外因死が特異的に少ないこと(理由不明)、生活指導や薬物治療がストレスとなったこと、小集団であるための偶然の結果、母集団が特異な集団であったこと、無作為割り付けが結果的に失敗であったことなどの可能性が検討されたが、どれも一元的に説明することは困難であるとされている。ほかにこのような結果を示した研究もみられないことから、この研究に特異的な理由が存在したのであろうと推察され、この結果を今日において普遍化することは適切でなく、まして禁煙をはじめとした生活指導を否定する根拠とはなりえないとされている。


引用文献
49) 小笹晃太郎:“フィンランド症候群”の真偽.医学のあゆみ 2004; 210(2): 163-164
50) Miettinen TA, et al. Multifactorial primary prevention of cardiovascular diseases in middle-aged men.JAMA 1985; 254:2097-2102
51) Strandberg TE, Salomaa VV, Naukkarinen VA, et al. Long-term mortality after 5-year multifactorial primary prevention of cardiovascular diseases in middle-aged men.JAMA 1991; 266:1225-1229
52) Strandberg TE, Salomaa VV, Vanhanen HT, et al. Mortality in participants and non-participants of a multifactorial prevention study of cardiovascular diseases: a 28 year follow up of the Helsinki Businessmen Study. Br Heart J 1995; 74(4): 449-454

ページトップへ戻る