バレニクリンは一般に禁煙開始日の1週間前から服用を開始する。最初の3日間は0.5mg錠を1日1回食後に服用、4〜7日目の4日間は0.5mg錠を1日2回朝夕食後に服用する。8日目から完全に禁煙を開始し、1mg錠を1日2回朝夕食後に服用する。服薬を確実に行うために、当初の14日間の錠剤が日毎にセットされた「スタート用パック」が用意されている。服用開始時にバレニクリンの作用であるニコチンへの渇望を減じる効果を十分に説明して、喫煙しても報酬が得られない体験を重ねることで「タバコがおいしくない」ことを実感してもらうことが、その後の治療には効果的と考えられている。
用量を少量から漸増するのは、服薬初期に有害事象が起きやすいからである。特に8日目に1mg錠に変更したときに嘔気が起こりやすい。嘔気については食後の服薬を徹底し、200ml以上の水とともに服薬すると軽減しやすく、定常量で継続しているうちに消失する場合が多いことを伝えておくことが大切である。嘔気が強いときは、制吐剤を併用したり、用量を1〜1.5mg/日に減じたりすると服薬が継続できることが多く、服薬中止にまでいたる例は少ない。
 標準投与期間は12週間だが、投与終了時に禁煙が継続している場合には、保険は適用されないものの長期の禁煙維持率を上げるためにさらに12週間追加することもできる。発売時の添付文書によると、国内外の臨床試験において安全性評価対象例3,627例中2,415例(66.6%)に有害事象が認められ、内訳は嘔気1,033例(28.5%)、不眠症591例(16.3%)、 異常な夢472例(13.0%)、頭痛419例(11.6%)、鼓腸302例(8.3%)などであった。服用初期の有害事象に関しては頻度が高いことを十分に情報提供しておき、起きた際には直ちに受診するよう文書等にて確実に伝えておくことが、自己判断による服薬中止を防止するのに有効である。有害事象のうち「異常な夢」は「見出すと毎日のように見ることがあり、あたかも現実であるかのような夢で、起きても内容を細かく覚えていて、起きてすぐは現実なのか夢なのかわからないことがある」のが特徴とされている。
 禁忌は本剤成分に対し過敏症の既往歴がある場合のみであり、ニコチン製剤に比べて適用範囲は広い。本剤は約90%が腎排泄される。重度の腎機能障害例は0.5mg1日1回で投与を開始し、最大0.5mg1日2回とする。血液透析患者では十分な使用経験がないので、投与時には十分観察することが必要である。また、高齢者およびシメチジン投与時には腎機能低下のおそれがあるので注意が必要である。妊婦、小児への安全性は確立されておらず、妊産婦への投与は治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与、授乳中の婦人には本剤投与中は授乳を避けさせる。
 ニコチン製剤との併用は有効性の検討が十分でなく、ニコチンパッチとの併用時に有害事象発現率上昇が認められているため、原則としては併用しないこととなっている。
 使用上の注意の「重要な基本的注意」として、「抑うつ気分、不安、焦燥、興奮、行動又は思考の変化、精神障害、気分変動、攻撃的行動、敵意、自殺念慮及び自殺が報告されている。本剤との因果関係は明らかではないが、これらの症状があらわれることがあるので、本剤を投与する際には患者の状態を十分に観察すること。なお、本剤中止後もこれらの症状があらわれることがある。また、これらの症状・行動が現れた場合には本剤の服用を中止し、速やかに医師等に連絡するよう患者に指導すること。」と記されている。バレニクリン服用の有無に関わらず、精神疾患を有する患者では、禁煙期間中に気分の変調や自殺念慮が起こる可能性があることに注意し、初回面接時に注意深く聴取しておくことが必要である。また、2011年7月に改訂された添付文書には、「重要な基本的注意」として「めまい、傾眠、意識障害等があらわれ、自動車事故に至った例も報告されているので、自動車の運転等危険を伴う機械の操作に従事させないよう注意すること」、さらに「重大な副作用」として「意識障害:意識レベルの低下、意識消失等の意識障害があらわれることがあるので、観察を十分に行い、異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと」が追加された。さらに、2011年10月には厚生労働省医薬安全局から「禁煙補助薬チャンピックス錠による意識障害に係る安全対策について」(医薬品・医療機器等安全性情報No.284)が発出され、2008年5月8日(販売開始)から2011年4月21日までに自動車運転中に発現した意識障害関連副作用症例が3例あったこと、これを受けて2011年7月に添付文書の改訂を指示したこと、そして添付文書改訂指示後にも6例が本剤服用中に自動車を運転し意識障害を発現し事故を起こしたことが示された。そして、図入りのチラシ「禁煙補助薬チャンピックス(バレニクリン酒石酸塩)服用中の自動車事故について」(PMDAからの医薬品適正使用のお願いNo.2、2011年10月)が作成され「危ない!! チャンピックス錠服用中の方が自動車の運転等の危険を伴う機械の操作をしないよう指導を徹底して下さい!」も作成された。


これに対して、日本癌学会等からなる18学会禁煙推進学術ネットワークは、2013年2月22日、厚生労働大臣等宛に、米国や欧州と同様に、医療従事者の診察、観察をもとに患者の状況に応じた対応を認めるべきであり、添付文書の文言を、「めまい、傾眠、意識障害等があらわれ、自動車事故に至った例も報告されているので、投与した薬剤の副作用による自動車の運転等の危険を伴う機会の操作に支障を来さないかどうか、その影響がわかるまでこれらの機械の操作に従事させないよう注意すること」と変更するよう、要望書を提出した。


2015年6月、スウェーデンのカロリンスカ研究所からwithin person designによるエビデンスが公表されたので、以下に紹介する(文献2)。
 バレニクリンを処方されたものと処方されなかったものとの比較においては、RCTであれば両者の比較可能性があるが、市販後の調査での症例報告や両群の比較では、調整しきれない交絡要因の存在があるため注意が必要である。この点で、within person analysesのデザインでは、同じ人物内で比較し、これをひとつのstratumとして解析するので、調整しきれない交絡要因の存在の問題は生じない。
 スウェーデンの15歳以上の全人口7917436人のうち、2006年11月22日(スウェーデンにバレニクリンが導入された時)から2009年12月31日までに69757人のものがバレニクリンの処方を受けていた。これらのものを、犯罪、精神疾患の罹患、 自殺関連行動、交通事故及び交通違反、薬物乱用のファイルとのレコードリンケイジによる手法によって追跡してアウトカムが把握され、within person stratified Cox proportional hazards regressionの手法によって解析された。すなわち、同一人物におけるバレニクリン処方期間中のアウトカムとバレニクリンが処方されていない期間中のアウトカムが比較された。その結果、バレニクリンの使用が、自殺や事故を含む多くの副作用のリスクを増加させるとの心配は、今回の研究では支持されなかったと結論している。within person designは、選択あるいは適応による効果を最小にし、未知の交絡要因を調整している。従って、バレニクリンと犯罪、自殺行動、交通事故、交通違反や精神病との間に因果関係があるとの証拠は認めなかった、という本研究の結論には説得力があると考える。
 なお、上記の研究は、スウェーデンにおける観察研究であり、within person designにより偏りや交絡要因の影響を最小にしたとはいえ、RCTのデザインによる比較ではない。2015年8月に公表された諏訪論文では、ファイザーが実施したプラセボ対照群を有する世界の18の臨床試験(RCT)のデータを用いて、意識障害関連の有害事象、およびこれらの発現期間中の事故または怪我に関してメタアナリシスを行った結果を発表した(文献3)。バレニクリン群(5072人)ではプラセボ群(3449人)と比べ意識障害に分類される個々の有害事象の発現率に有意差はなく、また、事故または怪我関連有害事象のリスクの上昇を示す結果は得られなかった。
 さらに、スウェーデンの保健統計および行政統計のデータを用いてpopulation-based case-crossover designの調査も実施された(文献4)。対象は2008年3月1日から2013年12月31日までに急性心筋梗塞、脳卒中、自殺、自殺企図、墜落による障害、重大な交通事故と診断されたもので、診断前の12週間(1-14日、15-28日、29-84日)とさらにその前の12週間の対照期間(85-168日)におけるバレニクリンの処方が比較された。診断前1-14日のバレニクリンのオッズ比は対照期間と比べて、心筋梗塞で1.06(95%信頼区間:0.70-1.62)、脳卒中で1.26(0.72-2.17)、交通事故で1.48(0.90-2.41)と有意ではなく、他の期間でも有意な関連は認められなかった。墜落と自殺・自殺企図ではほとんどの期間でオッズ比は有意に1より小さかった。
  以上の3つの研究結果を総合すると、バレニクリンが自動車事故のリスクを高めるというエビデンスは認められなかったということになる。
  しかし、可能性を完全に否定することができないため、処方の際の十分な説明が必要である。服薬中も自動車運転を中止することができない患者に対しては、禁煙外来でのニコチンパッチの処方や市販薬のニコチン製剤の利用などの対応を検討することが必要である。

引用文献
2)Yasmina Molero, Paul Lichtenstein, Johan Zetterqvist, Clara Hellner Gumpert, Seena Fazel. Varenicline and risk of psychiatric conditions, suicidal behaviour, criminal offending, and transport accidents and offences: population based cohort study BMJ 2015;350:h2388
3)諏訪清美、大倉征幸、吉川麗子、Carmen Arteaga. バレニクリン酒石酸塩錠と意識障害及び事故または怪我の関連性の検討.Progress in Medicine 2015; 35 (8):1371-1379.
4) Monárrez-Espino, J., Galanti, M. R., Hansson, J., Janszky, I., Söderberg, K., & Möller, J. Treatment with bupropion and varenicline for smoking cessation and the risk of acute cardiovascular events and injuries: a Swedish case-crossover study. Nicotine & Tobacco Research: ntx131. 2017


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