禁煙治療へのアクセスは、2006年の禁煙治療に対する保険適用以降、全国のニコチン依存症管理料の登録医療機関数は年々増加し、2022年7月末現在約17,300施設まで増加したが、今なお医療機関全体に占める割合は15%、オンライン診療を実施している割合は登録医療機関の8%にとどまっている(文献4)。保険診療でありながら禁煙治療へのアクセスは十分とはいえない状況にある。
 禁煙治療の効果については、これまで3回実施された中医協の結果検証(文献5~7)において、治療終了時の禁煙率が55~60%(5回受診完了者では72~82%)、治療終了後9ヵ月間禁煙継続率が27~33%(5回受診完了者では46~49%)とほぼ一貫した成績が得られ、国際的にみても一定の成果をあげている(文献6) (図表11)。
 禁煙治療の利用については、厚生労働省の社会医療診療行為別統計(文献8)から推定した年間禁煙治療者数は、2012年以降20万人を上回り2014年に25.1万人にまで増加したが、2015年以降減少傾向に転じている(図表12)。直近の2019年では13.1万人であった。これは喫煙者の約0.7%(13.1万人/推定喫煙者数1804.3万人、2019年)にあたる。1999年より世界で初めて公的サービスによる禁煙治療を始めたイギリスでの成績(文献9)と比べると、わが国の利用率は約5分の1の低率にとどまっている。


 禁煙治療者数が最近減少している理由として、たばこをやめたい人の割合(文献1)が2010年の37.6%をピークに2017年まで減少傾向が続き約10%低下したことと関連があると考えられる。 その背景として、2010年のたばこ税の引き上げ(価格にして約110円の値上げ)以降、喫煙者の禁煙動機を高めるインパクトのある対策が実施されてこなかったことがあげられる。 しかし、2019年7月から2020年4月にかけて、受動喫煙対策を罰則付きで強化する改正健康増進法が段階的に施行された。 また、たばこ税・価格が2018年10月から2022年にかけて段階的に引き上げられ、紙巻ならびに加熱たばこの価格が100円以上増加し、400円台から500-600円台になった。 これらの政策は国際的にはまだ不十分であり、さらなる強化が必要であるが、喫煙者が禁煙を考えるきっかけとなることが期待される。
 2016年頃から顕著となった加熱式たばこの流行の影響の可能性も否定できない。2018年の国民健康・栄養調査(文献10)において加熱式たばこの使用実態が初めて把握されたが、たばこ使用者における加熱式たばこの占める割合は、男性で約3割、女性約2割であった。特に20〜30歳代に流行が顕著で、同割合は、男性で約5割、女性では約3〜4割であった。加熱式たばこ使用者において、加熱式たばこ単独使用の方が紙巻たばこ併用に比べて男女とも多かった。2018年の厚労科研によるインターネット調査において、過去1年間に禁煙を試みた喫煙者が使った禁煙方法として、加熱式たばこの利用が禁煙外来での禁煙治療や薬局・薬店でのニコチン製剤の利用を上回った(文献11)。加熱式たばこについては、電子たばこと異なり、禁煙効果(紙巻たばこの使用中止効果)(文献12 )についての研究報告はない。もし加熱式たばこが禁煙試行時の禁煙外来や市販のニコチン製剤の利用を減らすことになれば、禁煙成功率・成功者の減少が懸念される。今後、加熱式たばこの流行が禁煙治療の利用や禁煙成功にどのように影響するのかを調べるために喫煙者を対象としたモニタリング調査が必要である。

 禁煙治療はわが国では国際的にも早くから保険適用がなされ、その有効性が示されているものの、利用率が低く、その制度が有効活用されていないという問題がある。
 喫煙者全体における禁煙治療の利用率は、喫煙者の禁煙試行率と試行時の禁煙治療の利用率で決まる。前者はたばこ対策の進展度を反映した指標であり、後者は喫煙者の禁煙治療の必要性や効果についての認識、治療へのアクセスなどが関係する。少し古いデータであるが、わが国では両指標とも欧米先進国や韓国に比べてそれぞれ約2/3〜4/5、1/2と低い(文献13)。
 健康日本21(第二次、2013年4月以降)においては、第一次計画で設定された未成年者の喫煙率の目標に加え、成人喫煙率、妊婦の喫煙率、受動喫煙防止に関わる数値目標が設定された(文献14)。中間評価(2018年9月)の結果では、これらの4つの目標はいずれも改善傾向にあったが、未成年者の喫煙率を除く3つの目標については、改善が十分でなく、このままでは目標値の達成は難しい状況にあった(文献15)。理由として、この5年間に喫煙率や受動喫煙防止の改善に実効性のある政策が国レベルで実施されていないことがあげられる。
 今後の取り組みとして、WHOのたばこ枠組条約に基づいて、たばこ増税や受動喫煙防止の法的強化などのたばこ対策を国際標準並みに強化して禁煙試行者を増やすことは重要であるが、禁煙試行者がより確実な禁煙方法を選択して禁煙に成功しやすい環境整備を行うことも必要である。そのためには、@政府や公的機関による禁煙についてのメディアキャンペーンの実施、Aたばこのパッケージへのクイットライン(禁煙電話相談)の電話番号の掲示、B禁煙外来の増加や遠隔診療の活用による治療へのアクセスの向上、C入院患者・歯科患者への保険適用の拡大、D精神疾患患者等の禁煙困難者に対する充実した禁煙治療メニュー(追加治療や段階的禁煙などの治療法)の提供とそれに対する保険適用拡大が必要である。さらに、自治体、保険者、医師会や健診機関、職域の事業者などが協働して、オンライン診療や禁煙治療アプリ(文献16)、クイットラインを活用して、医療や健診等の場で禁煙を推進する仕組みを構築することが必要である。2020年度の診療報酬改定において、5回の治療のうち、2回目から4回目にオンライン診療による保険治療を行うことが認められた。さらに、2022年度の診療報酬改定において、かかりつけ患者については、初回も最終回も含めて、すべてオンライン診療を行うことができるようになった。また、禁煙治療アプリが2020年12月に医療機器として健康保険で処方できることが可能となった。このアプリは心理的依存に対して行動科学的な介入を行うが、現行の健康保険による禁煙治療の効果を向上させることが期待される。

引用文献
4)日本禁煙学会: 禁煙治療に保険が使える医療機関情 (http://notobacco.jp/hoken/sokei.htm)
5)厚生労働省中央社会保険医療協議会総会: 診療報酬改定結果検証に係る特別調査(平成19年度調査)ニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査報告書.平成20年7月9日(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0709-8k.pdf
6)厚生労働省中央社会保険医療協議会総会: 診療報酬改定結果検証に係る特別調査(平成21年度調査)ニコチン依存症管理料算定保険医療機関における禁煙成功率の実態調査報告書.平成22年6月2日(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2010/06/dl/s0602-3i.pdf)
7)厚生労働省中央社会保険医療協議会総会: 平成 28 年度診療報酬改定の結果検証に係る特別調査(平成29年度調査)ニコチン依存症管理料による禁煙治療の効果等に関する調査報告書.平成30年1月26日(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000192293.pdf
8)厚生労働省: 平成24〜29年社会医療診療行為別統計.
9)NHS Digital: Statistics on NHS Stop Smoking Services: England, April 2016 to March 2017 Report. 2017.
10)厚生労働省: 平成30年国民健康・栄養調査報告. 2020.
11)田淵貴大. 加熱式タバコの普及による喫煙状況のモニタリングおよび禁煙実施方法への影響. 平成30年度厚生労働科学研究費補助金 (循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)「受動喫煙防止等のたばこ対策の推進に関する研究」(研究代表者: 中村正和). 総括・分担研究報告書. 47-54, 2019.
12)McNeill A, Brose LS, Calder R, et al. Evidence review of e-cigarettes and heated tobacco products 2018: a report commissioned by Public Health England. Public Health England, 2018.
13)中村正和: FCTC14条 禁煙支援・治療. 保健医療科学 2015; 64(5): 475-483.
14)厚生労働省: 健康日本21(第2次)の推進に関する参考資料 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kenkounippon21.html.
15)厚生労働省: 厚生科学審議会健康日本21(第二次)推進専門委員会資料(平成30年3月9日開催) https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000196943.html.
16)中村正和: わが国の喫煙の現状と禁煙治療をめぐる最近のトピックス. 新薬と臨牀 2020; 69(9): 1109-1115.


 喫煙率や受動喫煙の実態について、所得等の社会経済状況の違いによる格差が明らかになっており、健康格差是正の観点からの対策が必要である。そのためには、喫煙率の格差是正に効果のある大幅なたばこ税の引き上げのほか、低所得者等の集団をターゲットとした対策が別に必要であり、その効果的な方法論の開発が望まれる。
 わが国のたばこ対策が国際的に遅れている根本的な理由として、たばこ税による財政収入の安定的確保とたばこ産業の発展を目的としたたばこ事業法の存在がある。たばこの製造販売、価格、広告、警告表示などの政策を財務省が所管している。そのため、国民の健康を守る観点からたばこ税の大幅引き上げを実施しようとしても、税収の大幅な落ち込みを理由に実施することが難しいのが現実である。今後、たばこ規制枠組条約の締約国としてたばこの健康被害を減らすためには、同条約と目的が大きく矛盾するたばこ事業法の改廃が必要である。
 たばこの害をよく知る保健医療専門職は、国に対して強く働きかけていく必要がある。

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